釣りと、文化的上流下流の話。

 

世間はGWも終わって一段落。

うちは殆どおかだんごと2人、居間でコロコロして過ごしておりました。

 

で、その中で唯一出掛けたのが、釣り場の下見。

20年くらい前に行ったきりだったので、それなりに状況が変わってそうだなと思って恐る恐る覗いてきた。

結果としては、けっこう・・いや、かなり変わってた。

川一番のワンドは水害の影響で流木が多く、堤防の工事と相まって人が入りにくくなった影響か草も深くなり、かつてテトラの上を飛び回っていたその場所はかな〜り釣りに不向きな状況になっていた。

たぶんキャストしようとしても上も横も何かしらに引っかかって、事実上釣るのは不可能な感じ。

ワンド自体はとても良い状態で、いかにも大物が潜んでいそうな雰囲気だったので本当に惜しいなと指を咥えて見ていた。

まぁ、そのぶん魚は悠々自適の生活を送れているのかもね。

 

その下流側は工事の影響でとても釣り向きの地形になっていたけど、本流で流れが強くバスはあまり期待できなさそうだった。

水門周りはほぼ止水域で期待値も高く、実際に釣り人が3人くらい居たのでたぶん釣れるんだろうけど・・水面から3m近い場所からの釣りになるので、大物が掛かるとショボい竿ではランディングが難しそうだなー、なんて思いながら眺めていた。

 

でもあの時釣っていた若者たち、見た感じ恐らく遊漁券持ってないだろうな。。

日本で釣りをする場合、大体は管轄の漁協で「遊漁券」という「魚を取ってもいいですよ」という許可の券を買ってから釣りをしなければならないのだが、うちの近所の川ではブラックバスを釣る際も「雑魚券」*1なるものを買うよう決められている。

昔は鮎や渓流魚(ヤマメ、アマゴ、イワナ)を釣る時だけ買う必要があったのだが、先日漁協へ電話で確認を取ってみると、現在はたとえ外来魚でも雑魚扱いで有料(年券2000円、1日券500円。安い!?)になるとの話だ。

90年代のバス釣りブーム以降は「マナーなんざ知るかボケ!」を地でいく不良グループまで釣りに興じていたので、当然池の周りや川べりはゴミだらけ、という状態が続いていた。そりゃ外来魚でも管理費取らないとやってられないわ。

むしろ釣り禁止にならなかっただけ有難い、という情けないレベルの話かもしれないが、都会での生活やおだんごの話を総合して考えると、どうやら娯楽の殆どない田舎では「不良層のハイカラな釣り進出率」が都会より高そうな気がする。

 

じゃあおかだんごの実家の方はどうなのよ、と彼方の漁協の遊漁料ページを覗いてみると・・・

「子どもたちが川でたくさん遊んでほしいという想いで、無料にしています。」

・・・ですってよ!!!

しかもめっちゃサイトデザイン気合い入ってる。なんなんだこの格差*2は。。

流域の人口が5倍〜10倍近くあったら、そりゃーそんな余裕もあるってもんか?

でもそれ以上に文化的、思想的な先進性が影響しているような気がする。

それも、人口や自治体の立地条件からくる質的・量的リソースの違いという諸々の事情を全部ひっくるめた上で最終的に「子どもたちが川でたくさん遊んでほしいという想いで無料にしています」と言えてしまうかどうかの違いって物凄くデカくない?という所に強く引っかかりを感じた。

 

少し話は飛ぶが、都会は文化的発信地としての「上流」にあたる。

そして、そこから伝播した情報に倣うことに甘んじている「下流」の田舎は文化的に遅れている=極端に言えば野蛮人の集まりである、という社会的認識も、どうやら古来より脈々と受け継がれているフシがある。 

例えば私が今住んでいる町は鹿猟用の焼却炉をわざわざ何億もかけて新造したくせに「死んだ犬猫は廃棄物だから燃えるゴミと一緒に出せ」と言ってペット用の火葬窓口は一切設けず、またゴミ焼却炉を建て替える際にカネをかけるのが嫌で「そんなもん埋め立てたらええ」と高温焼却できない前時代的な仕様で建てたり*3、これは本当に21世紀の日本なのか?と耳を疑う話が次から次へ出てきたりする。

そこで私が耳を疑ったのは紛れもなく私の頭が現代ナイズされているからで、その想像を超える後進性に度肝を抜かれたからに他ならない訳だが、価値観の是非は抜きにしてもドン亀の如く時代に取り残されている状況には唖然とする。そして価値観を評価基準に含めたが最後、おそらく多くの方が野蛮的な意味合いで「田舎やべえな!」との認識に至る可能性が高いのではなかろうか。

 

思い返せば、この辺りでは90年代まで「夏に家の前をオッパイ丸出しで歩いているお婆ちゃん」 の姿を近所の彼方此方で見かけることができた*4。それは都会の人からすれば多分「田舎やべえな!笑」となるだろうし、かつてのご老人と同世代(大正生まれ以前)であっても東京在住だった方々は、流石にオッパイ丸出しなんて事は出来なかったのではないだろうか。

私自身は他人に対して「野蛮」という言葉を使うことは是し難いと思っているし、むしろその言葉を用いた側の野蛮さを浮き彫りにするだけだと思っているのだが、時代の流れとその地域的、文化的格差によって、社会的に否応なくその二文字に当てはまってしまう事はあるよなぁ、地域間格差半端ないわ・・などと釣りの話から大きく脱線しつつ考えてしまったのでした。

 

ま、釣りは今度おかだんごの実家に帰った時に心ゆくまで楽しもうかな。

それまでは釣り具メーカーの製品ページを眺めたり、装備を整えたりしてワクワクしていようと思います。

 

 

*1:遊漁券は漁協または釣具店で販売している。

*2:見るからにお金は掛かっていないが、毎日河川情報の更新があって実用的。見た目に騙されてはいけない。

*3:赤字にあえぐ隣町ですら炉の建て替えの際、現代的な高温焼却炉にしている。勿論ペット火葬窓口もある。つまりは地元政治家とそれを支持する人間の思想の問題であり、その思想の後進性が問題の本質だ。人口減少を迎える中で地方都市の生存戦略を考えれば、このような後進性では全く勝ち目はない。つまり私の住んでいる街には頭の悪いクズが多い(多かった)と言う事だ。頭の良い奴は都会に出たっきり帰ってこないから、バカがクズを選ぶ地獄絵図になる。言葉は悪いがこれがブラック田舎というものだ。だって実際、他所と比べて断然住み辛いもの。私は事情で実家に戻ってきたが、移住なんて到底オススメ出来ない泥舟だ。足枷のない者は脱出を!(愚痴)

*4:私はこういう田舎の大らかさって大好きです。古き良き昭和的な。だからと言って自分まで乳出して歩こうとは思わんけどな。。